年が明けたからといって、黒崎一護の生活に特に変わりはない。そういえば今朝は父親である一心に突撃されることなく目覚めることができた。ゆっくりと朝を迎えられて一護は久々に穏やかな気持ちで階下へ向かう。階段を下りる途中、鼻孔をくすぐる美味しそうなにおい。柚子が正月だからと張り切って料理でもしているのだろうか。そんなことを考えながら台所を覗くと、
「お、一護。明けましておめでとう」
ガスコンロの前に立ち、割烹着姿で振り返ったのは黒髪に桔梗色の瞳の美丈夫。決してここにいるはずのない人物。鍋の中身を覗き込みながら完璧な微笑みで新年の挨拶を口にする。
「な、な、なんでさんが」
何であのが、ウチの台所にいるんだ。っていうか何で柚子も夏梨も平然と受け入れているんだ。様々な考えがぐるぐると頭を回るが、正月だから少し回転が鈍いようでまったく使い物にならない。つまり、訳が分からない。
「あーお兄ちゃん!もう、お正月だからってゆっくりしすぎだよ」
「早く顔洗ってきなよ、一兄」
立ち尽くす一護は二人の妹達に責め立てられ、事の顛末を問いただす暇もなく洗面所へ向かう。顔を洗い、覗き込んだ鏡に映った人影に軽く悲鳴を上げた。
「うぉわぁっ!?オ、親父!何やってんだ!?」
幽鬼のように青白い顔をした一心。珍しく元気がない。
「ど、どうしたんだよ。つうか、何でウチにさんがいるんだよ」
「父さんはあの方が苦手だ……」
「はぁ?」
「だって無駄にキラキラしてるんだものっ父さん負けちゃうじゃないっ!」
「何言ってんだバカ親父」
ごすっ、と軽妙な音を立てて父親の脳天に踵を落とした一護は台所へ戻る。
「お雑煮はそろそろ飽きたと思うから、お汁粉にしてみました」
「うわぁおいしそう!」
「ほんっと、さんは料理上手だね」
ほのぼのとした空気で包まれた空間に思わず頬が緩みそうになる。違和感なく溶け込んでいるだが、やっぱりどうしてここに居るのか分からない。
「ほら、一護も」
だが、まあ、いいか。受け取った椀から立ち上る甘い湯気に正月ボケした思考回路が結論づける。こういう平和が一番だ。
「あああ、父さんにも!父さんにもお汁粉くださいっ!!」
「うるさいっ!!」
「もう、喧嘩しないでよぅ」
「一護の家は賑やかだなぁ」
「すみません……」
「いんや?俺楽しいからこういうの好きだよ」
にっこりと眩しい笑顔を向けられる。お代わりいる?と聞かれて差し出した椀。こうして黒崎家の正月は平和に過ぎていく。




ゆく年くる年 小噺Ver.3




完成日
2010/12/26